2021/07/21 茹でガエル危機⑤ ーー『日本が誇る『擦り合わせ型』DX』ーー
以下は 2021年7月21日のオートメーション新聞第261号に掲載された寄稿記事です)
日本の製造業再起動に向けて
茹でガエル危機⑤日本が誇る『擦り合わせ型』DX
ーー
茹でガエルとは、周囲の環境が変化していることを感じないでいると釜の中で茹で上がってしまう。テレビで流される解説をそのまま信じる人、欧米が日本を上回っていると信じる人、中国市場に魅力を感じる人、人工知能(AI)を危険と感じる人。こういった人たちは茹でガエルになりかねない。
DX(Digital Transformation)の話題が日本中を駆け巡っている。産業界向けの主力新聞でも、DXの記事は連日取り上げられており、紙面上で繰り広げられるDX解説や論評にあふれかえっている。DX講演会も盛んである。SNS上でもDXへの熱量は大きく、衰える兆しはない。しかし残念ながら、これらの報道(特にDXの解説)を信じる人は茹でガエルになりかねない。
解説されるDXの内容は、欧米情報を鵜呑みにしているものが多く、その大半は日本の中小製造業にはあてはまらない。日本のモノづくり事情、特に中小製造業の実態を無視した欧米発の情報に偏り『日本は遅れている』など根拠のないニュースも幅を利かせている。日本独特のモノづくりの歴史と遺伝子を無視した欧米理論に洗脳されると、日本人の強さと誇りが消え、希望と勇気を失った茹でガエルにされてしまう。
「川を上れ、海を渡れ!」という言葉がある。「川を上れ」は時間の流れで、“歴史を遡って学べ”という意味である。ところが今日のDXに関する報道は、日本に連綿と流れるモノづくりの歴史には触れず、遠く海の向こうの理屈を崇め伝える『宣教師活動』に終始している。「川を上れ、海を渡れ!」を忠実に深堀りすれば、DXの戦術的な実行手段が、日本と欧米では全く違う事に気がつくはずである。
本稿では、日本の欧米とのモノづくりの相違点を鮮明化し、日本独特のDXについて考察する。日本のモノづくり遺伝子は、江戸時代に開花した地域密着・世襲制度のモノづくりに起因している。数百年の長き時間をかけて育まれた日本独特のものである。日本列島津々浦々に存在する中小製造業・町工場は、この遺伝子によって、世界に類のない『日本モノづくり文化』を構築している。戦後の混乱から立ち直った製造業も日本独特の手法で発展し、今日に至っている。
外国人労働者に依存せず、日本人同士が緻密な意思伝達をしながら、皆が一緒に力を合わせて試練を乗り越え、現場を大切にするモノづくりこそ日本が誇る手法である。『擦り合わせ型(インテグラル型)』と呼ばれる日本独特のモノづくりが開花し、日本は世界最強の製造立国に登りつめた。日本のモノづくりは、高度な日本語文化と日本人の共通遺伝子に支えられていることにも注目したい。
日本の誇る『擦り合わせ型』は、複数の技術を融合させて最高の機能を発揮する。自動車に代表させる『擦り合わせ型』モノづくりは、機械加工・プレス加工・樹脂加工・電気電子・ソフト・センサーなどさまざまな専門技術の微妙な擦り合わせで成り立つので、高度な打ち合わせや専門的な技術の深さに加え、熟練工の経験やアナログ的な勘所も要求される。
また、日本での『擦り合わせ型』モノづくりで忘れてはならないのは、大手製造業を頂点とするピラミッド『系列』の存在である『系列』は日本特有な組織体であり、大手とその傘下の中小企業群との間に、相互依存、共存共栄の関係を持つのが特徴である。企業間連携も強固であり、『垂直統合』と呼ばれている。
欧米では『系列』の訳語がないので、『keiretsu(ケイレツ)』をそのまま使用することも多い。ところが最近の報道では、日本の系列を『ティア1』『ティア2』などと表現する大手新聞やブログが散見される。欧米の『ティア1』『ティア2』と日本の『系列』は全く別物である。『系列』と『擦り合わせ』は日本の遺伝子であり、自動車・カメラ・コピー機などMade in Japanブランドは、すべてこの遺伝子が生きている。
数十年前に家電と呼ばれたVTR、テレビ、オーディオ機器なども『擦り合わせ型』の傑作である。小型な筐体にギッシリとつめられた日本製品は、メカ・エレキ・ソフトの融合芸術であり、世界中でもてはやされた。
ところが21世紀に入り、韓国・中国の製造業台頭により、日本家電業界を襲う悲劇の幕が開いた。悲劇の原因は、デジタル家電の台頭により、(日本が得意の)擦り合わせ遺伝子によるモノづくりを不要とした『モジュール型(組み合わせ型)』生産が台頭したことである。『モジュール型』とは、パソコンや携帯電話など代表されるモノづくりであり、標準化された部品の組み合わせによって製品を完成させる方法である。
系列を持たない韓国・中国のメーカーは、モジュール型生産の大規模投資により、低価格を指向した超量産体制を確立し市場に参入してきた。欧米や中国・韓国の製造業を視察した方ならわかると思うが、ホワイトカラーとブルーカラーには明確な垣根があり、意思疎通もない。言葉の通じない労働者も多く、単純作業員と割り切っている。
欧米が声高に発信するインダストリー4.0やDXの掛け声は、モジュール生産工場を対象とした概念が根底にあり、日本で受け入れるには無理がある。日本での『擦り合わせ型』モノづくりの遺伝子は、中小製造業で脈々と生きており、製造現場の優れた熟練工との擦り合わせで成り立つ日本のモノづくりを欧米人が理解するのは不可能である。
欧米発のインダストリー4.0やIoT/DXが日本にマッチしないのは当然である。日本が得意とする『擦り合わせ』が国際的に幅を利かせていた時代には、米国・中国、そしてドイツさえも(日本を打ち負かし)製造の覇権を握る戦略など考えも及ばなかったに違いない。しかし、『モジュール型』モノづくりの流れが、彼らに大きなチャンスを与えている。
特にインターネット時代を迎え、DXやインダストリー4.0を武器として、製造の覇権を握ろうとしている。欧米のまねをしても、日本が欧米や中国・韓国に勝てるはずがない。日本は日本独自のDXの道を歩むことが絶対条件であり、日本の強みを生かした『日本式DX』を探求しなければならない。日本式DXの基本は、『アナログとデジタルの融合』『レガシー重視のDX』である。

著者 高木俊郎
日本の製造業再起動に向けて
茹でガエル危機⑤日本が誇る『擦り合わせ型』DX
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茹でガエルとは、周囲の環境が変化していることを感じないでいると釜の中で茹で上がってしまう。テレビで流される解説をそのまま信じる人、欧米が日本を上回っていると信じる人、中国市場に魅力を感じる人、人工知能(AI)を危険と感じる人。こういった人たちは茹でガエルになりかねない。
DX(Digital Transformation)の話題が日本中を駆け巡っている。産業界向けの主力新聞でも、DXの記事は連日取り上げられており、紙面上で繰り広げられるDX解説や論評にあふれかえっている。DX講演会も盛んである。SNS上でもDXへの熱量は大きく、衰える兆しはない。しかし残念ながら、これらの報道(特にDXの解説)を信じる人は茹でガエルになりかねない。
解説されるDXの内容は、欧米情報を鵜呑みにしているものが多く、その大半は日本の中小製造業にはあてはまらない。日本のモノづくり事情、特に中小製造業の実態を無視した欧米発の情報に偏り『日本は遅れている』など根拠のないニュースも幅を利かせている。日本独特のモノづくりの歴史と遺伝子を無視した欧米理論に洗脳されると、日本人の強さと誇りが消え、希望と勇気を失った茹でガエルにされてしまう。
「川を上れ、海を渡れ!」という言葉がある。「川を上れ」は時間の流れで、“歴史を遡って学べ”という意味である。ところが今日のDXに関する報道は、日本に連綿と流れるモノづくりの歴史には触れず、遠く海の向こうの理屈を崇め伝える『宣教師活動』に終始している。「川を上れ、海を渡れ!」を忠実に深堀りすれば、DXの戦術的な実行手段が、日本と欧米では全く違う事に気がつくはずである。
本稿では、日本の欧米とのモノづくりの相違点を鮮明化し、日本独特のDXについて考察する。日本のモノづくり遺伝子は、江戸時代に開花した地域密着・世襲制度のモノづくりに起因している。数百年の長き時間をかけて育まれた日本独特のものである。日本列島津々浦々に存在する中小製造業・町工場は、この遺伝子によって、世界に類のない『日本モノづくり文化』を構築している。戦後の混乱から立ち直った製造業も日本独特の手法で発展し、今日に至っている。
外国人労働者に依存せず、日本人同士が緻密な意思伝達をしながら、皆が一緒に力を合わせて試練を乗り越え、現場を大切にするモノづくりこそ日本が誇る手法である。『擦り合わせ型(インテグラル型)』と呼ばれる日本独特のモノづくりが開花し、日本は世界最強の製造立国に登りつめた。日本のモノづくりは、高度な日本語文化と日本人の共通遺伝子に支えられていることにも注目したい。
日本の誇る『擦り合わせ型』は、複数の技術を融合させて最高の機能を発揮する。自動車に代表させる『擦り合わせ型』モノづくりは、機械加工・プレス加工・樹脂加工・電気電子・ソフト・センサーなどさまざまな専門技術の微妙な擦り合わせで成り立つので、高度な打ち合わせや専門的な技術の深さに加え、熟練工の経験やアナログ的な勘所も要求される。
また、日本での『擦り合わせ型』モノづくりで忘れてはならないのは、大手製造業を頂点とするピラミッド『系列』の存在である『系列』は日本特有な組織体であり、大手とその傘下の中小企業群との間に、相互依存、共存共栄の関係を持つのが特徴である。企業間連携も強固であり、『垂直統合』と呼ばれている。
欧米では『系列』の訳語がないので、『keiretsu(ケイレツ)』をそのまま使用することも多い。ところが最近の報道では、日本の系列を『ティア1』『ティア2』などと表現する大手新聞やブログが散見される。欧米の『ティア1』『ティア2』と日本の『系列』は全く別物である。『系列』と『擦り合わせ』は日本の遺伝子であり、自動車・カメラ・コピー機などMade in Japanブランドは、すべてこの遺伝子が生きている。
数十年前に家電と呼ばれたVTR、テレビ、オーディオ機器なども『擦り合わせ型』の傑作である。小型な筐体にギッシリとつめられた日本製品は、メカ・エレキ・ソフトの融合芸術であり、世界中でもてはやされた。
ところが21世紀に入り、韓国・中国の製造業台頭により、日本家電業界を襲う悲劇の幕が開いた。悲劇の原因は、デジタル家電の台頭により、(日本が得意の)擦り合わせ遺伝子によるモノづくりを不要とした『モジュール型(組み合わせ型)』生産が台頭したことである。『モジュール型』とは、パソコンや携帯電話など代表されるモノづくりであり、標準化された部品の組み合わせによって製品を完成させる方法である。
系列を持たない韓国・中国のメーカーは、モジュール型生産の大規模投資により、低価格を指向した超量産体制を確立し市場に参入してきた。欧米や中国・韓国の製造業を視察した方ならわかると思うが、ホワイトカラーとブルーカラーには明確な垣根があり、意思疎通もない。言葉の通じない労働者も多く、単純作業員と割り切っている。
欧米が声高に発信するインダストリー4.0やDXの掛け声は、モジュール生産工場を対象とした概念が根底にあり、日本で受け入れるには無理がある。日本での『擦り合わせ型』モノづくりの遺伝子は、中小製造業で脈々と生きており、製造現場の優れた熟練工との擦り合わせで成り立つ日本のモノづくりを欧米人が理解するのは不可能である。
欧米発のインダストリー4.0やIoT/DXが日本にマッチしないのは当然である。日本が得意とする『擦り合わせ』が国際的に幅を利かせていた時代には、米国・中国、そしてドイツさえも(日本を打ち負かし)製造の覇権を握る戦略など考えも及ばなかったに違いない。しかし、『モジュール型』モノづくりの流れが、彼らに大きなチャンスを与えている。
特にインターネット時代を迎え、DXやインダストリー4.0を武器として、製造の覇権を握ろうとしている。欧米のまねをしても、日本が欧米や中国・韓国に勝てるはずがない。日本は日本独自のDXの道を歩むことが絶対条件であり、日本の強みを生かした『日本式DX』を探求しなければならない。日本式DXの基本は、『アナログとデジタルの融合』『レガシー重視のDX』である。

著者 高木俊郎