2015/09/18 日本の製造業将来戦略・中小製造業はインダストリー4.0で復活する
「本文は、『インダストリー4.0の衝撃』(洋泉社)に掲載した文章を加筆・修正したものです」

日本の製造業将来戦略

中小製造業はインダストリー4.0で復活する


★インダストリー4.0は『現代の黒船』である。

インダストリー4.0(I4.0)はドイツから来航した『現代の黒船』である。

日本の各業界で、I4.0への関心度が高まっているが、残念ながら日本の中小製造業界での反応は比較的鈍重であり『現代の黒船』への対応策を重要視する中小製造業経営者は非常に少ない。

その多くの理由は、『関心はあるが、なにか良くわからない』というのが本音のようである。

製造業を取り巻く市場環境は、モノのインターネット(IoT:Internet of Things)などのイノベーションが急速に台頭しており、社会環境そのものが大きく変化している。中小造製造業や町工場もこの影響を受けるのは必至であり、I4.0が製造業の重要なイノベーションとして進化することに疑いの余地はない。

しかし、改めてI4.0に関する今日までの報道や解説を読み返してみると、技術的解説やドイツの戦略説明の内容が多く、実際に中小製造業を経営する日本の経営者にとって“そのメリットと将来戦略につながる本質”を理解するのは容易ではない。

そこで今回は、日本の中小製造業に視点を当てて、『中小製造業の為のI4.0』を(具体的な事例を紹介しながら)解説をしたい。


『欧米発の第1次、第2次産業革命 』は【2階建 工場】の誕生であった。

人類最初の工業化は18世紀の終わり頃、第1次産業革命がイギリスで始まった。
水と水蒸気を動力に使った機械が開発された。これが歴史で学んだ産業革命である。

20世紀を目前に、動力源に『電気』を活用した “第2次産業革命” がアメリカで起き、『大量生産工場』が誕生する。機械はモータで快適に動き、電気のON—OFF(ビットコントロール)命令で動く工場に進化した。機械と電気の2階層である。建物に例えれば、【2階建工場】の誕生であった。


★『日本発の第3次産業革命』で【3階建 インテリジェント工場】が誕生した。

戦後の日本で、第3次産業革命と呼ばれる パソコン(PC) を使った『オートメーション工場』が花開いた。機械、電気、PCの3階層。建物に例えると、3階が増築された 【3階建工場】が完成した。1階は機械階で、CNC装置付の機械やロボット群。2階は電気階で、PLC(プログラマブルロジック・コントローラ)が高度な制御を担い、3階はPC階で、PCから機械動作命令が下層階に指令される。

プログラマブルな言語・文字や図形を使って動く『フレキシブル・マニュファクチャリング・システム』と呼ばれる“自由度の高い工場”に進化した。
“自由度の向上”は、機械の進化要因の一つであったが、200年の歴史を経て “機械の自由度”は何千倍にも増した。
3階建となった工場は【インテリジェント工場】と呼ぶ知能化工場である。


★『インダストリー4.0』は、【4階建スマート工場】の実現である。

第4次産業革命(I4.0)では、4階が増築され“4階建”となる。現在の3階建インテリジェント工場の上に、仮想工場 (サイバー工場)が『増築』される。
これを【スマート工場】と呼ぶ。4階に増築された仮想工場(サイバー工場)の真髄は、シミュレーションとネットワークであり、インターネット技術や人工知能などICT最先端技術で武装された『完全デジタルワールド』である。

現実工場(フィジカル工場)は、3階以下の3次元空間であり、仮想工場(サイバー工場)は、4階に増築された4次元空間である。

“ドラえもん”をイメージすると、仮想工場(サイバー工場)が理解しやすくなる。

“ドラえもん” は未来と過去を行き来する。
仮想工場では、人工知能を駆使したシミュレーションが、時間を乗り越え『未来』の結果を見せてくれる。『過去』に行くのは、クラウドサーバにアクセスすれば、動画やあらゆるマルチメディア情報を使って過去を見ることが出来る。
ネットワークは世界のどこにでも行ける“どこでもドア”である。

イントラネットとクラウドをつなぐGatewayが“四次元ポケット”の役割を担う。
時空を乗り越える“ドラえもん”がいれば、現実社会(Physical)にもたらすメリットは莫大である。“ドラえもんのポケット”からは、便利な加工支援が次々と飛び出してくる。最適な加工の仕方を教えてくれたり、組み立ての段取りや順番を動画で解説してくれたり・・。マンガやアニメでもなく、夢の話でもなく、実現可能な製造業の未来像である。

I4.0のサイバー フィジカル システム(CPS:Cyber Physical System)とは、仮想工場(Cyber Factory)と現実工場(Physical Factory)を “ドラえもん”が行ったり来たりし、最適な現実工場運営を可能にするシステムであり、これを『スマート工場』と呼ぶ。

インダストリー4.0イメージ図


★インダストリ-4.0は、日本の中小製造業で花開く。

I4.0は、日本の中小製造業で花開く可能性を秘めている。日本の製造業は大企業、中小企業を問わず、3階建インテリジェント工場が高い水準で実現しており、世界の最先端にいる。また製造ノウハウなど現場のアナログ力も世界に秀でており、アナログ力が世界競争力の源泉となっている。I4.0は、多くの場合『規格の基準化』などを中心に語られることが多いが、I4.0が目的とする『スマート工場(究極のデジタル工場)』は、3階建インテリジェント工場がベースとなって実現する。I4.0が日本の中小製造業で成功すると考えている人は少ないが、この可能性が極めて高いのである。


★中小製造業、【精密板金業界】町工場の現実

世界の製造業を渡り歩くと、日本の町工場の優秀性に気がつく。日本の中小製造業や町工場では卓越したノウハウをベースに特殊な加工を得意とする企業が多い。
精密板金業界もその一つである。加工された製品は、配電盤/制御盤、医療機器、工作機械カバーなど非常に広範囲な製品に使われ、熟練工の特殊技術を必要とする業界である。

日本全体で年間4兆円程度の生産規模のニッチな業界に、15000社以上の企業が存在する。従業員規模30名以下のローカル企業が大半であり、日本列島、津々浦々、人々の生活する街の一角にも工場が存在する。これらの工場は、20年以上前から最先端高性能マシンの導入と伴にソフトウェアプログラム制御中心の“デジタル化”が急速に普及した。製造現場を視察すると一目瞭然であるが、町工場のなかでデジタル化やオートメーション化が非常に高い次元で実現している事に驚くはずである。

時々テレビなどで報道される暗いイメージの町工場とはかなり違う。1日22時間以上7日間連続で休みもなく稼働する機械も存在する。優れた熟練工のノウハウも多く、日本の精密板金は中小製造業や町工場に支えられ世界一水準を維持しているである。


★変種変量生産と短納期の現実

大手製造業がQCDを追求する過程で、中小製造業や町工場は究極的な変種変量生産と短納期が常態化した。日本中小製造業の(世界にはない)特異性である。世界中どこを探しても、『究極の小ロット生産や短納期生産』を真似できる国はない。
この傾向は、益々加速中であるが、この過酷な環境が日本の町工場に強い体力をつける結果となった。ジャスト・イン・タイムもその原因の一つである。

精密板金業界では、一日板金や一個生産が最近のキーワードとなっており、受注から出荷まで、図面作成から現場での鉄板への穴あけ加工、曲げ加工、組み立て、溶接、塗装の全ての工程を一日で行うことをPRする企業も現れた。受注数量も一個から。脅威の生産体制が日本では一般化している。海外の製造業従事者が日本の町工場を視察すると、例外なくこの事実を目の当たりにして驚愕する。大手製造業の大規模工場視察より、何十倍ものインパクトを与えるのが、日本の町工場である。


★日本の中小製造業や町工場が挑んだ合理化とは?

段取りの削減は、日本の中小製造業が挑んだ合理化の真髄である。大量生産では、段取りに時間がかかっても影響は少ないが、段取りが常に発生する『変種変量生産』では、段取り時間の増大は命取りとなる。内段取りと呼ばれる機械を停止しての段取り作業は最悪である。

『内段取りを削減し、外段取り化を狙う』は精密板金業界が挑んだ最大の合理化課題であった。
またリピート加工の場合、以前実施した段取り条件を職人の記憶に頼らず、『(デジタル化された)記録データを瞬時に呼び出す事への挑戦』も大きな合理化のポイントである。『内段取りの外段取り化』『リピート2度作り防止』などの明確なコンセプトのもとで、精密板金業界のインテリジェント化が飛躍的に進んだ。
変種変量生産と短納期への対応が生み出したイノベーションである。


★【精密板金業界】でのインテリジェント化とは?

1964年にコンピュータが登場し半世紀が経過した。当時の日本では『電子計算機』と訳したが、中国語社会では、これを『電脳機』と訳した。
はるか昔にComputerを『電脳』とイメージした中国人の先見性はさすがである。

インテリジェント工場とは、コンピュータを活用した電脳工場または知能化工場のことである。すなわち、かつて熟練工が行ってきた仕事をコンピュータに置き換えた工場が、インテリジェント工場である。段取り作業もかつては熟練工が経験に基づき行ってきたが、これをコンピュータに置き換える事を『段取りの知能化(インテリジェント化)』と呼ぶ。

精密板金業界では、段取りも含め『4つの知能化(インテリジェント化)』が実現した。
4つの知能化とは, ①段取りの知能化 ②加工の知能化 ③操作の知能化 ④メンテナンス&フィードバックの知能化である。かつては熟練工に依存した4つの重要作業がコンピュータに置き換わった工場が、(日本の精密板金業界に誕生した)『3階建インテリジェント工場』である。

インテリジェント化による経営的効果は、段取り時間の大幅削減、不良削減、大きな生産性向上である。またオートメーション化による人員削減効果も絶大であったが、このイノベーションにより得られた最大の進化は技術・技能伝承の観点である。
かつては徒弟制度により、親方から弟子に伝承された技術・技能は、熟練工からコンピュータに伝承する事が可能であると証明された。技術伝承は差別化の源泉である。このイノベーションが(ビックデータの時代を迎え)スマート工場で極めて重要になってくる。


★【精密板金業界】が手にした人工知能とは?

人工知能は、I4.0時代の重要技術である。
2045年に人工知能は “人間を超える”と予想されているが、2045年までのこれから30年間の製造業は、“『熟練工=ベテラン』が人工知能と一緒に仕事する時代”である。

精密板金業界では、ベンディング加工(曲げ加工)という工程がある。折り紙のように鉄板を曲げながら複雑な形状を作る工程である。折り紙のように折る順番を決めるのも相当厄介である。
この工程に利用されている人工知能の活用実態を紹介したい。

精密板金業界での ベンディング加工(曲げ加工)は、一般の社会ではあまり馴染みのない仕事ではあるが、日本には数万人の “曲げベテラン”が存在する。世界一の経験と技術技能をもつ熟練工の宝庫である。数においてもおそらく世界一であるが、その技術技能の力では、世界を完全に凌駕している。今日までの精密板金業界を支えてきた日本競争力の一端である。

人工知能が “曲げベテラン”の領域に台頭してきたのは10年程前からである。 変種変量生産が常態化し、段取り時間の削減と、曲げベテランの技術技能を伝承する若手人材の欠乏が業界全体の問題となってきたことが主たる理由である。

米国カーネギーメロン大学の人工知能研究室が開発したアルゴリズムが、“曲げの人工知能”普及のきっかけとなった。しかし、業界への普及は順風満帆ではなかった。当初、企業間の差別化が無くなる危惧をもつ経営者や、職を失う危惧を持つ熟練工の反対が強かったが、現在は高い水準で普及している。

現在の“曲げの人工知能”は、ベテランのノウハウを学習しながら、決定能力を日々向上させている。人工知能は、数億通りの組み合わせの中から最適な一つの答えを瞬間的に導き出す能力を有しているが、やはり難解な時にはベテランのノウハウが必須である。ベテランと人工知能(コンピュータ)のチームプレーであり、ベテランのノウハウを伝承する最高の仕組みとしても活用されている。
人工知能技術の進歩は、I4.0『スマート工場』実現のカナメである。
中小製造業が保有する“熟練工のノウハウ”を人工知能に投入し、未来に(差別化ノウハウとして)継承することが、経営戦略上の重要課題である。


★インダストリー4.0での4階建スマート工場の概念と真髄

I4.0時代のスマート工場とは人間(熟練工)を超越し、人間の能力を超える予知・予見を可能とする工場である。シミュレーションとネットワークが真髄であり、増築される4階と屋上の役割がここにある。優れた熟練工の能力を超越し、人の能力では実現不可能な最適化を実現する4階建て工場が『スマート工場』である。インテリジェント工場が、熟練工の能力を超えなかった事との大きな違いがここにある。

4階に増築する仮想工場は、サイバー空間に作られるバーチャルな工場である。バーチャル工場と現実工場の最大の違いは、時間の概念である。仮想工場では時間を縮めたり伸ばしたり自由自在。何回でもトライすることが可能である。数時間かかる作業をほんの瞬間に行うこともできる。これがシミュレーションであり、シミュレーションとは、最適な答えを出すために何回でも時には何億回でも実行し、最適な答えを導き出すことである。この答えに従って、3階以下の現実工場で実際の作業を行う。これは、I4.0が提唱するCPSの概念でもある。

スマート工場実現の手段として、大企業ではI4.0提唱の新規設備工場として投資する事も可能であるが、中小製造業では、現在まで投資してきた設備を大切にして、段階的に設備拡充する方が現実的である。
現在保有する設備や人材を有効活用し、3階建インテリジェント工場の上層部に『仮想工場』を増築し、屋上にクラウドと世界に扉を開く『情報国際空港』を設置し、4階建スマート工場に拡張することである。


★【精密板金業界】4階増築へー日本特有、町工場の閉鎖性と課題とは?
スマート工場の4階はバーチャルな仮想工場であり、完全なデジタルワールドである。シミュレーションを行うためにも3次元をベースとした仮想モデルがないと何も始まらない。しかし残念なことに日本の精密板金業界などでは『3次元設計化』が非常に遅れている。また、図面管理システムや生産管理システムが各社独自のシステムとなっており、エンジニアリング工程の閉鎖性も大きな課題である。スマート工場では、3次元化とオープン化が必須であるが、(製造現場の優秀性から)ノウハウを尊重するあまりクローズド思想が主流であり、大きな阻害要因となっている。

自動車業界などの大企業では、3次元設計は当然であるにも関わらず、精密板金業界での3次元設計の遅れは、3次元データでの受注が依然少ない事もあるが、2次元図面で受注した場合に、(3次元設計は行わず)2次元図面のままベテランが図面を見ながら製造データ(CAM)を作成し、2次元図面のまま現場に送り、現場のノウハウを駆使して最短時間で加工する方法が一般化している。『極端な多品種少量生産が常態化しているので、いちいち3次元設計はやっていられない』というのが、各社の率直な理由でもある。

また製品情報の管理においても大きな課題が存在している。本来、図面や部品表(BOM:Bill of materials)などの重要な情報は、会社の資産として一元管理されるのが原則であるが、エンジニアの個人管理となっている事が多い。情報一元管理システム“PDM(Product Data Management)”などを導入し、『製品関連情報の一元管理』を実施している日本の精密板金企業は稀である。


★輝かしい中小製造業の未来とインダストリー4.0

日本の中小製造業が本気で『3次元設計』と『情報(全ての情報)の一元管理』に取り組む事で、企業の未来が拓けてくる。この取組は、今日までの“賃加工主体の下請け製造”から、設計要素を取り込んだ“エンジニアリング主体工場”への脱皮をも意味する。 現場ノウハウも“差別化エンジン”として設計に取り込まれ、経営に生きてくる。

日本の中小製造業が、3次元設計と情報一元管理を実施し、生産管理との連携まで到達すれば、I4.0の基本となる『つながる工場』は完成である。また同時に、この実現は自社のノウハウで設計し生産する“ODM(Original Design Manufacturing)”への道も拓ける。“ODM ”とは、委託者ブランドで設計・生産することを言う。 世界中のメーカから設計・生産(ODM受託)を受けることも夢ではない。系列下請けからの一歩前進である。世界のメーカは、加工ノウハウを持つ日本の試作生産に非常に高い尊敬と関心を持っており、日本の中小製造業には大きな可能性がある。

ドイツ提唱のI4.0を日本の中小製造業が取り込むまでの道のりはまだ長いが、日本の中小製造業のスマート工場への第一歩は、『3次元設計』と『情報一元管理』への挑戦であることに疑いの余地はない。


★守ったら負ける、インダストリー4.0の警鐘

日本の中小製造業にとって、大きなチャンスが目の前に広がっている。
バブル崩壊から20年以上にわたり閉塞感に支配された時代が終焉し大きな変化が台頭してきた。I4.0の意義は、まさに変化の予告である。変化に対応する経営者の判断が、最大のイノベーションである。
守ったら負ける。I4.0の警鐘が鳴り響いている。

記事肖像画縦
著者 高木俊郎
17:09 | インダストリー4.0の衝撃 | コメント:0 | page top
製造業再起動ブログ


Designed by ぽんだ
Powered by FC2ブログ



Copyright © アルファTKG公式ブログ(著者:高木俊郎) All Rights Reserved.