2020/02/06 中小製造業の後継者問題と生き残りーー『事業承継とRPA(ソフトロボット)』ーー
以下は 2020年1月29日のオートメーション新聞 第207号に掲載された寄稿記事です)
中小製造業の後継者問題と生き残り
ーー 『事業承継とRPA(ソフトロボット)』 ーー
今回は『中小製造業の生き残り』をテーマとして、『事業承継』と『RPA(ソフトロボット)』という全く違う2つのキーワードにスポットライトを当て、中小製造業の課題について論じたい。
はじめに、世間で話題となっている中小製造業の『後継者問題』を取り上げたい。皆さんはよくご存じと思うが、中小製造業を支援する補助金の一つに『事業承継補助金』がある。
事業継承補助金は今年度も閣議決定により補正予算に組み込まれ、50億円規模の補助金交付が継続的に実行される見通しである。事業承継補助金については、一部でバラマキとの悪評も聞こえてくるが、誕生の原点を探ってみると、3年前の2017年9月に中小企業庁の公表した試算が大きく影響している。
この内容は、日本経済の将来危機として「25年までに経営者が70歳を超える法人の30%、個人事業主の65%が廃業する」と予測し、「後継者不足による廃業で、全国で650万人の雇用、約22兆円のGDPが失われる可能性がある」との試算を発表し、後継者不足に警鐘を鳴らしたのである。
この警鐘により、事業承継の重要性が社会問題として認知された。事業承継補助金の誕生も、この難局を打破する打ち手として企画され、以前より実行されていた『創業者補助金』に代わる新たな助成金として登場したのである。
当社(アルファTKG)のお客さまは、中小製造業が大半であり、数多くの中小製造業・町工場の経営者とのお付き合いから、業界の実態を肌感覚で理解している。中小企業庁の警鐘の通り、後継者不足は深刻な課題であるが、決して悲観的な側面だけではない。
事業承継した2代目・3代目の若者が、未来への改革に情熱を燃やし、大いに活躍している企業が数多く存在し、われわれはその姿を目の当たりにしている。もちろん、業界全体を見れば、後継者に恵まれず経営存続の難しい企業は枚挙にいとまがないほどで、多くの企業が廃業や企業売却を避けることはできないだろう。
しかし、このマイナスを打ち消すだけの2代目・3代目の十分なエネルギーが日本に存在している事を忘れてはならない。
当社の主力市場である精密板金市場を例に上げると、厳しい後継者不足の半面で、案外明るい事業承継の姿が見えてくる。精密板金業界は、国内2万社に支えられた典型的な中小製造業・町工場の業界である。
後継者不足による廃業・企業売却は、すでに顕在化しており、10年以内に50%の1万社以上が廃業すると予想され、企業数は1992年のピーク時から40%以下に減少するだろうが、これでも業界全体が衰退することは考えづらい。
事業承継した若手経営者の活躍する企業では、年率20%以上の企業が拡大を続けており、IoT化・自動化によるスマート工場の構築には極めて意欲的であり、悲壮感は全くない。これらの企業が10年もかからず(M&Aも含め)事業規模を2倍、3倍に発展拡大することは、安易に想像できる。
精密板金市場は、後継者不在で消滅する企業と、後継者の活躍で拡大する企業が、モザイクのように絡み、2極化という大きな地殻変動を起こしながら業界全体が拡大する可能性が大きい。
中小企業庁が予想する「650万人の雇用と約22兆円のGDP喪失」とは真逆の明るい可能性であり、未来に向けた地殻変動の主役こそ、2代目・3代目の強力な若手エネルギーと、IoTによるデジタルイノベーションである。
業界拡大の担い手は「若手経営者」であり、「RPA(ソフトロボット)の活用」であると断言できる。
中小企業庁の警鐘を背景とした補助金施策も良いが、われわれにできる最大の打ち手は、事業承継する若き経営者を支える技術的武器の供給とサポートに尽きるのではないだろうか?
先代が培ったレガシーをベースに、デジタル化・自動化された未来工場を創造することが、後継者の使命であることに疑いの余地はない。この実現の一丁目一番地は、RPA(ソフトロボット)の活用である。
RPAや人工知能そしてIoTなどの最先端技術が、事業承継された若きエネルギーと合体したとき、日本の未来を支える強力な中小製造業が誕生するのである。
今回のテーマは『事業承継とRPA』であるが、RPAこそ事業承継者にとっての最大の技術的な武器であり、現代社会に誕生した魔法の道具であることを明言し、RPAについて紙面が許す限り言及していきたい。
RPA(ロボテック・プロセス・オートメーション)とは、ソフトロボットである。RPAは『人に変わってコンピュータ操作や処理を自動で行ってくれるアシスタント』であり、コンピュータ内に常駐する目に見えないロボットである。
この技術は、平成後期に確立された新しい技術であるが、急速に実社会での実践活用が始まり、話題の中核に躍り出た。RPAは、AI(人工知能)やOCR技術も取り込んで発展しており、銀行・保険会社・大企業メーカーや一部の地方自治体などでは、単純なコンピュータ事務処理作業が随時RPAに取って代わっており、重要な企業戦略の一翼となっている。
中小製造業へのRPA普及はこれからであるが、中小製造業におけるRPAの導入メリットは計り知れない。RPAは、単純な事務処理作業を事務員から開放する道具なので、間接業務(事務要員)の合理化には、特効薬的効果を発揮する。
また、RPAの導入は未来型のデジタル化自動化工場の足がかりとなるので、事業承継された若き経営者のビジョンを実現する登竜門でもある。事業承継なくして企業の未来はない。事業承継してもRPAから始まるデジタルイノベーションなくして企業の未来はない。事業承継とRPAは未来へのパスポートである。

著者 高木俊郎
中小製造業の後継者問題と生き残り
ーー 『事業承継とRPA(ソフトロボット)』 ーー
今回は『中小製造業の生き残り』をテーマとして、『事業承継』と『RPA(ソフトロボット)』という全く違う2つのキーワードにスポットライトを当て、中小製造業の課題について論じたい。
はじめに、世間で話題となっている中小製造業の『後継者問題』を取り上げたい。皆さんはよくご存じと思うが、中小製造業を支援する補助金の一つに『事業承継補助金』がある。
事業継承補助金は今年度も閣議決定により補正予算に組み込まれ、50億円規模の補助金交付が継続的に実行される見通しである。事業承継補助金については、一部でバラマキとの悪評も聞こえてくるが、誕生の原点を探ってみると、3年前の2017年9月に中小企業庁の公表した試算が大きく影響している。
この内容は、日本経済の将来危機として「25年までに経営者が70歳を超える法人の30%、個人事業主の65%が廃業する」と予測し、「後継者不足による廃業で、全国で650万人の雇用、約22兆円のGDPが失われる可能性がある」との試算を発表し、後継者不足に警鐘を鳴らしたのである。
この警鐘により、事業承継の重要性が社会問題として認知された。事業承継補助金の誕生も、この難局を打破する打ち手として企画され、以前より実行されていた『創業者補助金』に代わる新たな助成金として登場したのである。
当社(アルファTKG)のお客さまは、中小製造業が大半であり、数多くの中小製造業・町工場の経営者とのお付き合いから、業界の実態を肌感覚で理解している。中小企業庁の警鐘の通り、後継者不足は深刻な課題であるが、決して悲観的な側面だけではない。
事業承継した2代目・3代目の若者が、未来への改革に情熱を燃やし、大いに活躍している企業が数多く存在し、われわれはその姿を目の当たりにしている。もちろん、業界全体を見れば、後継者に恵まれず経営存続の難しい企業は枚挙にいとまがないほどで、多くの企業が廃業や企業売却を避けることはできないだろう。
しかし、このマイナスを打ち消すだけの2代目・3代目の十分なエネルギーが日本に存在している事を忘れてはならない。
当社の主力市場である精密板金市場を例に上げると、厳しい後継者不足の半面で、案外明るい事業承継の姿が見えてくる。精密板金業界は、国内2万社に支えられた典型的な中小製造業・町工場の業界である。
後継者不足による廃業・企業売却は、すでに顕在化しており、10年以内に50%の1万社以上が廃業すると予想され、企業数は1992年のピーク時から40%以下に減少するだろうが、これでも業界全体が衰退することは考えづらい。
事業承継した若手経営者の活躍する企業では、年率20%以上の企業が拡大を続けており、IoT化・自動化によるスマート工場の構築には極めて意欲的であり、悲壮感は全くない。これらの企業が10年もかからず(M&Aも含め)事業規模を2倍、3倍に発展拡大することは、安易に想像できる。
精密板金市場は、後継者不在で消滅する企業と、後継者の活躍で拡大する企業が、モザイクのように絡み、2極化という大きな地殻変動を起こしながら業界全体が拡大する可能性が大きい。
中小企業庁が予想する「650万人の雇用と約22兆円のGDP喪失」とは真逆の明るい可能性であり、未来に向けた地殻変動の主役こそ、2代目・3代目の強力な若手エネルギーと、IoTによるデジタルイノベーションである。
業界拡大の担い手は「若手経営者」であり、「RPA(ソフトロボット)の活用」であると断言できる。
中小企業庁の警鐘を背景とした補助金施策も良いが、われわれにできる最大の打ち手は、事業承継する若き経営者を支える技術的武器の供給とサポートに尽きるのではないだろうか?
先代が培ったレガシーをベースに、デジタル化・自動化された未来工場を創造することが、後継者の使命であることに疑いの余地はない。この実現の一丁目一番地は、RPA(ソフトロボット)の活用である。
RPAや人工知能そしてIoTなどの最先端技術が、事業承継された若きエネルギーと合体したとき、日本の未来を支える強力な中小製造業が誕生するのである。
今回のテーマは『事業承継とRPA』であるが、RPAこそ事業承継者にとっての最大の技術的な武器であり、現代社会に誕生した魔法の道具であることを明言し、RPAについて紙面が許す限り言及していきたい。
RPA(ロボテック・プロセス・オートメーション)とは、ソフトロボットである。RPAは『人に変わってコンピュータ操作や処理を自動で行ってくれるアシスタント』であり、コンピュータ内に常駐する目に見えないロボットである。
この技術は、平成後期に確立された新しい技術であるが、急速に実社会での実践活用が始まり、話題の中核に躍り出た。RPAは、AI(人工知能)やOCR技術も取り込んで発展しており、銀行・保険会社・大企業メーカーや一部の地方自治体などでは、単純なコンピュータ事務処理作業が随時RPAに取って代わっており、重要な企業戦略の一翼となっている。
中小製造業へのRPA普及はこれからであるが、中小製造業におけるRPAの導入メリットは計り知れない。RPAは、単純な事務処理作業を事務員から開放する道具なので、間接業務(事務要員)の合理化には、特効薬的効果を発揮する。
また、RPAの導入は未来型のデジタル化自動化工場の足がかりとなるので、事業承継された若き経営者のビジョンを実現する登竜門でもある。事業承継なくして企業の未来はない。事業承継してもRPAから始まるデジタルイノベーションなくして企業の未来はない。事業承継とRPAは未来へのパスポートである。

著者 高木俊郎
2020/01/10 2020年の中小製造業の展望ーー『スマイルカーブが教える【未来の先取り戦略】』ーー
以下は 2020年1月8日のオートメーション新聞に掲載された寄稿記事です)
2020年の中小製造業の展望
ーー 『スマイルカーブが教える【未来の先取り戦略】』 ーー
皆さん、あけましておめでとうございます。
年頭にあたり、「2020年の中小製造業の展望」をテーマに、今年の中小製造業の戦略について論じたいと思う。
東京オリンピック開催の年である2020年の中小製造業にとって重要なキーワードは『未来の先取り戦略』であり、『守りは衰退…変化こそが勝ち組へのパスポート』である。未来を先取る攻撃的な経営戦略が求められる年となるだろう。
はじめに、中小製造業を取り巻く国際環境を眺めると、数十年に一度の『歴史的な節目の時がやってきた』と断言することができる。国際社会で起きている『グローバル経済の後退』という大きな潮目の変化こそ、数十年に一度のパラダイムシフトであり、日本の中小製造業を取り巻く最も重要な外部要因である。
好むと好まざるとに関わらず、『グローバル化という』の流れは影を潜め、多くの国から『自国中心主義』の芽が台頭してくるだろう。この変化から中小製造業は決して逃れることはできず、この変化を先取りすることが『中小製造業の戦略』となる。
では、『未来の先取り戦略』は何か? の結論は後半に回し、まず始めに国際社会で起きている大きな変化について注目していきたい。
今日の国際社会が、米中貿易摩擦を震源として、大きく揺れ動いていることは間違いない。表向きに『貿易摩擦』と表現されているが、本質的には米中の覇権争いであり、2020年にこれが簡単に沈静化することは考えづらく、未来の長期に渡って続くと思われる。
中国経済の後退は、世界中に悪影響を及ぼしており、アジアを始めとするエマージング諸国での影響は甚大である。欧州の変化も急激である。グローバル化の象徴であったEU(欧州連合)も、ブレグジット(英国のEU離脱)をきっかけに、加盟国の蓄積した不満が顕在化し、EU崩壊に向かっている。
優等生ドイツも沈んでいる。ドイツは、グローバル化を旗印に、EU域内の東欧・南欧を輸出で食い尽くした後、ロシア・中国などへの輸出戦略を成功させ、欧州唯一の優等生として勝ち誇ってきたが、国際的な潮目の変化と中国の経済後退には逆らえない。
中国依存に全力を投入したドイツの経済は、強烈な後遺症に襲われている。内需が小さいドイツは、輸出に急ブレーキがかかったことでお先真っ暗闇の状態である。『自国第一主義』は到底受け入れられず、米国や英国など反グローバル主義国家との思想的対立を激化させるだろう。
日本はドイツと違い、輸出依存国ではない。『日本は輸出で食っている』というイメージが先行しているが、実際は内需依存経済であり、ドイツと比べ中国影響は軽微である。
日本にとって、米中貿易摩擦による問題は軽微な外傷でしかないが、日本には致命的な持病として、 1.人手不足 2.大手製造業の弱体化の問題を抱えていることを見落としてはならない。
戦後最低の出生数を記録するなど、少子化が進んでいる。中小製造業にとっては、生産年齢人口の激減による人手不足は、企業存続に関わる重要問題であり、この対策を怠った企業の存続は難しい。
また、中小製造業の受注確保にも大きな懸念が存在している。日本の大手製造業は相対的に弱体化しており、これが原因で、中小製造業が長期的受注低迷に陥る危惧がある。
かつて全世界に商品を輸出し、世界を席巻した超優良製造企業は、あらゆる業種(家電・工作機械・車など)で厳しい状況に追い込まれていくだろう。残念ながら、昭和時代に世間を席巻した超優良企業が、継続的に時代の先端を走り続けることは非常に難しい。
インダストリー4.0に代表される、最先端技術で日本が世界に勝てる商品は稀有であり、世界潮流とも言えるデジタル・トランスフォーメーション(DX)に、日本の大手製造業は遅れを取っている。
中国製造業との激しい価格競争に勝つ見込みもない。日本独特の『ピラミッド構造』はすでに過去のものであり、1社に依存した下請け経営基盤は大きな危険性を伴い、分散受注こそ生き残りの必須条件である。
このように持病を抱える日本にも、中小製造業にとって明るい兆しと戦略があるが、この戦略と打ち手を結論づける前に、アジアの現状を把握しておきたい。
タイ国のバンコクに、ジンパオ社という従業員1000人を超える世界最大の精密板金企業がある。ジンパオの社長は台湾出身のジョンさん54歳である。年末が差し迫った2019年12月25日に、ジョン社長とアジア情勢についてバンコクで長時間に渡り会話した。この会話で、ジョン社長から得た最新情報を披露したい。
ジョン社長が語る2020年のジンパオ最大の課題は、『中国大資本工場の台頭と本格的な競争時代への突入である』と断じ、その実態と驚異、そしてその対応策を赤裸々に語ってくれた。
中国大資本工場といっても中国にある工場ではない。米中貿易摩擦の影響で、中国はすでに中国国内での生産を諦め、大資本を投入して新工場をアジア各国に設立し始めている。
アジアに設立される工場の規模は巨大であり、経験あるローカル社員を競合他社から高給で引き抜きし、自動化や最先端のIT武装をして、世界最先端の工場を建設している。中国を侮ることはできない。
もう少し具体的な話をしよう。ジョン社長が、台湾から有志を引き連れてタイに進出したのは1990年代後半である。この頃、中国の市場は閉じており、中国経済は眠りの中にあった。ジョン社長は、バンコク郊外に工場を設立して積極的に投資し、会社は急成長した。誰にも邪魔されず成長を楽しむ事ができたのである。
2008年に中国が目覚め、中国政府は積極的な外国企業の誘致を開始した。日本や台湾の企業がこれに応じて、大量に中国に進出した。皆が中国に熱い視線を送ったことで、アジアの他の国は忘れ去られ、タイに本格進出する企業も少なくなった。
そのお陰で競合もなく、ジンパオは急成長を遂げている。ジョン社長は『皆の目が中国に向いている間に、タイで急成長することができた』と語っている。
タイにゼロから進出し、十数年で急速発展した理由は、1. 中国企業との競争がなかったこと 2. 徹底したデジタル化・自動化を推進したことの2点である事を強調している。特にジンパオが急成長した背景には、徹底したデジタル化・自動化が挙げられる。
日本の精密板金企業で普及している生産管理ソフトを導入したが、その使用を断念した。その理由は、『日本で普及しているソフトは閉鎖的で発展性に乏しく、欧州初のインダストリー4.0を実現できない』と判断し、大規模なソフト・IoT投資に踏み切った。
一方で、日本の企業でも導入の難しい日本メーカーの最先端マシンを複数台購入し、徹底的な自動化とデジタル化を実現した。この効果は絶大であった。生産性向上は勿論のこと、欧州・米国の大企業が注目し、受注が急増した。
特筆すべきは、エアバスなどエアロスペース業界からの熱い支援である。困難な航空機製造認可を取得して、大規模なエアロスペース専用工場も建設したことで急成長を遂げている。
このような急成長の背景には、デジタル化・自動化を怠った競合同業者がことごとく消滅した事も挙げられる。成長と繁栄をエンジョイするジンパオに衝撃が走ったのは2018年のことである。
中国からタイに進出を目論む中国企業の計画を知ったとき、ジョン社長は青ざめ、心から怯えた。ジンパオに迫る中国企業の規模と自動化指向は半端ではない。2019年に入り、米中防衛摩擦を背景にこの傾向が本格化している。
まさに2020年、中国企業との本格的な戦いが繰り広げられ、ローカル需要の価格破壊が起きている。ジョン社長は、これに対抗する徹底的に戦略的な攻撃に出ている。その企業戦略は、エアバスなど発注元の胸倉に入り込む『エンジニアリング部隊』の強化である。
そのために、今年度フランス企業を3社買収した。来年は、ドイツ企業の買収を目論んでいる。製造をタイに集中する一方で、グローバルで強烈なエンジニアリング・設計部隊の構築に入っているのだ。
スマイルカーブの実践である。スマイルカーブとは、事業プロセスを『上流の商品開発』『中流の製造』『下流のサービス』と定義すると、上流と下流に利益があり、中流は儲からない、とする論理である。
ジョン社長は、製造・組み立てをタイに集中化する一方で、上流と下流を発注元に近い先進国で展開する『新グローバル体制の構築』を急いでいる。このようなアジアの成長企業経営者のジョン社長の決断は、日本の中小製造業にとっても重要な戦略を内包している。
日本の中小製造業の展望と今後の戦略の結論となるが、日本が長年に渡り構築した優れた製造システムをベースに発展させ勝負する戦略は2つである。
1. 徹底的な省人化・自動化を具体的に回避する事である。RPAや人工知能など、最先端IoTの導入は必須条件であり、これらの投資による企業体質の変革なくして『未来の先取り』は実現しない。
2. 次なる重要な経営ジンパオに学ぶ、スマイルカーブの上流と下流の徹底攻略である。従来指向のQCD一辺倒では日本の中小製造業に未来がないことは明白である。輝かしい未来構築のために、1日でも早く行動を起こす事が必要である。
未来の先取りとは、スマイルカーブを再認識し、徹底的なデジタル化を実践に移すことであろう。日本の中小製造業には、世界に誇れる歴史と技能が備わっている。日本の中小製造業の時代が始まろうとしている。
かつて流行した『スマイルカーブ』を再認識し、上流と下流への投資が中小製造業の輝かしい未来へのパスポートである。スマイルカーブの示すとおり、上流の商品開発に参加できるエンジニアリングの強化こそ中小製造業の『未来の先取り戦略』であると断言できる。

著者 高木俊郎
2020年の中小製造業の展望
ーー 『スマイルカーブが教える【未来の先取り戦略】』 ーー
皆さん、あけましておめでとうございます。
年頭にあたり、「2020年の中小製造業の展望」をテーマに、今年の中小製造業の戦略について論じたいと思う。
東京オリンピック開催の年である2020年の中小製造業にとって重要なキーワードは『未来の先取り戦略』であり、『守りは衰退…変化こそが勝ち組へのパスポート』である。未来を先取る攻撃的な経営戦略が求められる年となるだろう。
はじめに、中小製造業を取り巻く国際環境を眺めると、数十年に一度の『歴史的な節目の時がやってきた』と断言することができる。国際社会で起きている『グローバル経済の後退』という大きな潮目の変化こそ、数十年に一度のパラダイムシフトであり、日本の中小製造業を取り巻く最も重要な外部要因である。
好むと好まざるとに関わらず、『グローバル化という』の流れは影を潜め、多くの国から『自国中心主義』の芽が台頭してくるだろう。この変化から中小製造業は決して逃れることはできず、この変化を先取りすることが『中小製造業の戦略』となる。
では、『未来の先取り戦略』は何か? の結論は後半に回し、まず始めに国際社会で起きている大きな変化について注目していきたい。
今日の国際社会が、米中貿易摩擦を震源として、大きく揺れ動いていることは間違いない。表向きに『貿易摩擦』と表現されているが、本質的には米中の覇権争いであり、2020年にこれが簡単に沈静化することは考えづらく、未来の長期に渡って続くと思われる。
中国経済の後退は、世界中に悪影響を及ぼしており、アジアを始めとするエマージング諸国での影響は甚大である。欧州の変化も急激である。グローバル化の象徴であったEU(欧州連合)も、ブレグジット(英国のEU離脱)をきっかけに、加盟国の蓄積した不満が顕在化し、EU崩壊に向かっている。
優等生ドイツも沈んでいる。ドイツは、グローバル化を旗印に、EU域内の東欧・南欧を輸出で食い尽くした後、ロシア・中国などへの輸出戦略を成功させ、欧州唯一の優等生として勝ち誇ってきたが、国際的な潮目の変化と中国の経済後退には逆らえない。
中国依存に全力を投入したドイツの経済は、強烈な後遺症に襲われている。内需が小さいドイツは、輸出に急ブレーキがかかったことでお先真っ暗闇の状態である。『自国第一主義』は到底受け入れられず、米国や英国など反グローバル主義国家との思想的対立を激化させるだろう。
日本はドイツと違い、輸出依存国ではない。『日本は輸出で食っている』というイメージが先行しているが、実際は内需依存経済であり、ドイツと比べ中国影響は軽微である。
日本にとって、米中貿易摩擦による問題は軽微な外傷でしかないが、日本には致命的な持病として、 1.人手不足 2.大手製造業の弱体化の問題を抱えていることを見落としてはならない。
戦後最低の出生数を記録するなど、少子化が進んでいる。中小製造業にとっては、生産年齢人口の激減による人手不足は、企業存続に関わる重要問題であり、この対策を怠った企業の存続は難しい。
また、中小製造業の受注確保にも大きな懸念が存在している。日本の大手製造業は相対的に弱体化しており、これが原因で、中小製造業が長期的受注低迷に陥る危惧がある。
かつて全世界に商品を輸出し、世界を席巻した超優良製造企業は、あらゆる業種(家電・工作機械・車など)で厳しい状況に追い込まれていくだろう。残念ながら、昭和時代に世間を席巻した超優良企業が、継続的に時代の先端を走り続けることは非常に難しい。
インダストリー4.0に代表される、最先端技術で日本が世界に勝てる商品は稀有であり、世界潮流とも言えるデジタル・トランスフォーメーション(DX)に、日本の大手製造業は遅れを取っている。
中国製造業との激しい価格競争に勝つ見込みもない。日本独特の『ピラミッド構造』はすでに過去のものであり、1社に依存した下請け経営基盤は大きな危険性を伴い、分散受注こそ生き残りの必須条件である。
このように持病を抱える日本にも、中小製造業にとって明るい兆しと戦略があるが、この戦略と打ち手を結論づける前に、アジアの現状を把握しておきたい。
タイ国のバンコクに、ジンパオ社という従業員1000人を超える世界最大の精密板金企業がある。ジンパオの社長は台湾出身のジョンさん54歳である。年末が差し迫った2019年12月25日に、ジョン社長とアジア情勢についてバンコクで長時間に渡り会話した。この会話で、ジョン社長から得た最新情報を披露したい。
ジョン社長が語る2020年のジンパオ最大の課題は、『中国大資本工場の台頭と本格的な競争時代への突入である』と断じ、その実態と驚異、そしてその対応策を赤裸々に語ってくれた。
中国大資本工場といっても中国にある工場ではない。米中貿易摩擦の影響で、中国はすでに中国国内での生産を諦め、大資本を投入して新工場をアジア各国に設立し始めている。
アジアに設立される工場の規模は巨大であり、経験あるローカル社員を競合他社から高給で引き抜きし、自動化や最先端のIT武装をして、世界最先端の工場を建設している。中国を侮ることはできない。
もう少し具体的な話をしよう。ジョン社長が、台湾から有志を引き連れてタイに進出したのは1990年代後半である。この頃、中国の市場は閉じており、中国経済は眠りの中にあった。ジョン社長は、バンコク郊外に工場を設立して積極的に投資し、会社は急成長した。誰にも邪魔されず成長を楽しむ事ができたのである。
2008年に中国が目覚め、中国政府は積極的な外国企業の誘致を開始した。日本や台湾の企業がこれに応じて、大量に中国に進出した。皆が中国に熱い視線を送ったことで、アジアの他の国は忘れ去られ、タイに本格進出する企業も少なくなった。
そのお陰で競合もなく、ジンパオは急成長を遂げている。ジョン社長は『皆の目が中国に向いている間に、タイで急成長することができた』と語っている。
タイにゼロから進出し、十数年で急速発展した理由は、1. 中国企業との競争がなかったこと 2. 徹底したデジタル化・自動化を推進したことの2点である事を強調している。特にジンパオが急成長した背景には、徹底したデジタル化・自動化が挙げられる。
日本の精密板金企業で普及している生産管理ソフトを導入したが、その使用を断念した。その理由は、『日本で普及しているソフトは閉鎖的で発展性に乏しく、欧州初のインダストリー4.0を実現できない』と判断し、大規模なソフト・IoT投資に踏み切った。
一方で、日本の企業でも導入の難しい日本メーカーの最先端マシンを複数台購入し、徹底的な自動化とデジタル化を実現した。この効果は絶大であった。生産性向上は勿論のこと、欧州・米国の大企業が注目し、受注が急増した。
特筆すべきは、エアバスなどエアロスペース業界からの熱い支援である。困難な航空機製造認可を取得して、大規模なエアロスペース専用工場も建設したことで急成長を遂げている。
このような急成長の背景には、デジタル化・自動化を怠った競合同業者がことごとく消滅した事も挙げられる。成長と繁栄をエンジョイするジンパオに衝撃が走ったのは2018年のことである。
中国からタイに進出を目論む中国企業の計画を知ったとき、ジョン社長は青ざめ、心から怯えた。ジンパオに迫る中国企業の規模と自動化指向は半端ではない。2019年に入り、米中防衛摩擦を背景にこの傾向が本格化している。
まさに2020年、中国企業との本格的な戦いが繰り広げられ、ローカル需要の価格破壊が起きている。ジョン社長は、これに対抗する徹底的に戦略的な攻撃に出ている。その企業戦略は、エアバスなど発注元の胸倉に入り込む『エンジニアリング部隊』の強化である。
そのために、今年度フランス企業を3社買収した。来年は、ドイツ企業の買収を目論んでいる。製造をタイに集中する一方で、グローバルで強烈なエンジニアリング・設計部隊の構築に入っているのだ。
スマイルカーブの実践である。スマイルカーブとは、事業プロセスを『上流の商品開発』『中流の製造』『下流のサービス』と定義すると、上流と下流に利益があり、中流は儲からない、とする論理である。
ジョン社長は、製造・組み立てをタイに集中化する一方で、上流と下流を発注元に近い先進国で展開する『新グローバル体制の構築』を急いでいる。このようなアジアの成長企業経営者のジョン社長の決断は、日本の中小製造業にとっても重要な戦略を内包している。
日本の中小製造業の展望と今後の戦略の結論となるが、日本が長年に渡り構築した優れた製造システムをベースに発展させ勝負する戦略は2つである。
1. 徹底的な省人化・自動化を具体的に回避する事である。RPAや人工知能など、最先端IoTの導入は必須条件であり、これらの投資による企業体質の変革なくして『未来の先取り』は実現しない。
2. 次なる重要な経営ジンパオに学ぶ、スマイルカーブの上流と下流の徹底攻略である。従来指向のQCD一辺倒では日本の中小製造業に未来がないことは明白である。輝かしい未来構築のために、1日でも早く行動を起こす事が必要である。
未来の先取りとは、スマイルカーブを再認識し、徹底的なデジタル化を実践に移すことであろう。日本の中小製造業には、世界に誇れる歴史と技能が備わっている。日本の中小製造業の時代が始まろうとしている。
かつて流行した『スマイルカーブ』を再認識し、上流と下流への投資が中小製造業の輝かしい未来へのパスポートである。スマイルカーブの示すとおり、上流の商品開発に参加できるエンジニアリングの強化こそ中小製造業の『未来の先取り戦略』であると断言できる。

著者 高木俊郎
2019/12/20 金属加工を襲うパラダイムシフトーー『PLA(ポリ乳酸)が起こすプラスチック革命』ーー
以下は 2019年12月18日のオートメーション新聞 第204号に掲載された寄稿記事です)
金属加工を襲うパラダイムシフト
ーー 『PLA(ポリ乳酸)が起こすプラスチック革命』 ーー
数年前より「プラごみ問題」が地球規模の問題として、テレビなどで大きく取り上げられている。プラスチック製品が海に流れ込み、海洋動物が不運な被害者となる映像を見て、衝撃を受けた方も多いのではないだろうか?
プラスチック製ストローの使用を禁止する企業や、規制をかける国(英、仏、台湾など)も出てきており、プラスチック製品は悪者の代名詞となっている。
プラスチック業界は、日本の製造業を支える年間数十兆円の巨大産業であるが、業界の存続を危ぶむ声もある。
鉄などの金属をベースとした「金属加工業界」では、かなり以前よりプラスチック技術を注視し、金属製品がプラスチックに変わる恐怖を抱いていたが、プラごみ問題をキッカケに、『やはりプラスチックはダメだ。金属は永遠である!』とのイメージが金属加工業界に蔓延している。『金属からプラスチックへ』の話題は聞こえてこない。
ところが、2019年春先から工作機械メーカーの受注高は、連続して前年同月を割り込み、18年度と比較し40%もの受注減となっている。業界は強烈なリセッション(景気後退)に襲われており、自動車のEV化による金属業界全体の衰退危機もささやかれ、金属加工業界は決して穏やかではない。
一方で、プラスチック業界では、金属加工を脅かす「3Dプリンター」や「PLA((ポリ乳酸))革命」が進行中であり、射出成形機メーカーも将来戦略を強力に推進中である。
皆さんは『PLA』をご存じだろうか? PLA(Poly-Lactic Acid)とは、ポリ乳酸の頭文字をとった略であり、PLA樹脂と呼ばれ、およそ20年前に開発された植物由来のプラスチック素材である。
じゃがいもやトウモロコシに含まれるデンプンなどによる樹脂である。石油からつくられる従来の素材に代わる、バイオプラステックと呼ばれる自然に優しい素材である。植物由来のPLAは、地球環境に優しいプラスチックであり、3Dプリンターによる金型製造技術の進化により多品種少量生産にも対応でき、プラスチック加工の概念が大きく変わっていくだろう。
EV化に伴う「新型電池」も膨大な需要が予測されるが、絶縁性の観点から金属製品は否定されプラスチック化は必須である。自動車エンジンの後退とともに、金属加工製品からプラスチック製品への需要変化が始まっている。
パラダイムシフトとは、共通概念が破壊される時に使われる言葉であるが、今日の工作機械業界のリセッションと射出成形機業界の堅調性は、単なる景気循環サイクルではなく、大きなパラダイムシフトの序曲であるかもしれない。パラダイムシフトという発想の転換は、日本人にとって極めて不得意の領域である。
発想転換の難しさを証明するエピソードがある。30年前に、旧電電公社の幹部であったA氏との忘れられない会話である。A氏との会話の中心は、『電話の進化は、電話機にコンピュータがつくのか?コンピュータが電話機になるのか?』の議論であった。
A氏の熱弁は『電話機がいかに優れているか!』の解説であり、交換機を含めた電話網のシステムは永遠であり、『電話機にコンピュータがついて便利にはなるが、コンピュータが電話機の代わるのはあり得ない』とのことであった。
A氏の認識は当時のNTT幹部の総意であった。事実、NTTは『iモード』を開発し、ガラパゴスと呼ばれるコンピュータを搭載した機能満載の携帯電話を開発したが、世界はこれを否定した。
世界的なイノベーションはNTTの思惑とは違い、スマホが全世界で普及した。スマホの普及は従来産業(特に日本の産業)を破壊する暴力的かつ破壊的なものであった。スマホはコンピュータそのものである。
コンピュータに電話機能が搭載され、交換機など従来の電話網システムを不要にしてしまった。旧電電公社の幹部いわく、『絶対にできない事』が海の向こうで実現したのである。
スマホ(コンピュータ)は、電話機のみならず、カメラやオーディオやカーナビなどを飲み込み、従来の専門機器メーカーは不要となり、日本に存在した大メーカーを破壊し、殲滅に追いやった。発想の転換に遅れた『日本の敗北』である。
今後、破壊的イノベーションは全産業で加速するだろう。コンピュータとEVにタイヤがついた車、コンピュータとEVにアクチュエータがついた工作機械など、EV化の潮流に合わせ、従来の概念が完全に変わるパラダイムシフトが起きるだろう。
コンピュータとインターネット、そして人工知能技術が中核となる時代の到来である。20世紀に世界を席巻した日本製商品(電話通信機器・オーディオ機器・カメラ・自動車・工作機械など)の全てが、コンピュータと人工知能に飲まれていくイノベーションが世界で起きている。昭和・平成時代に活躍した日本の名門大企業が疲弊し、衰退する姿を皆が見てきた。
金属を対象とした工作機械も日本のお家芸であるが、機械のイノベーションはすでに終焉を迎えつつあり、各メーカーから発売される新機種はマイナーチェンジの範囲にとどまっている。
その半面、プラスチック加工はPLAなどの素材革命や金型製造革命を含め、大きなイノベーションも期待され、需要も極めて大きい。『金属は永遠である!』、『当社には歴史が育んだ金属加工のノウハウがある』という概念を過信していたら、大きなパラダイムシフトの潮流に飲み込まれてしまうかもしれない。
将来への変化の兆しを直視し、パラダイムシフトを自ら誘導する強い日本企業の台頭を確信し、2019年締めの提言としたい。

著者 高木俊郎
金属加工を襲うパラダイムシフト
ーー 『PLA(ポリ乳酸)が起こすプラスチック革命』 ーー
数年前より「プラごみ問題」が地球規模の問題として、テレビなどで大きく取り上げられている。プラスチック製品が海に流れ込み、海洋動物が不運な被害者となる映像を見て、衝撃を受けた方も多いのではないだろうか?
プラスチック製ストローの使用を禁止する企業や、規制をかける国(英、仏、台湾など)も出てきており、プラスチック製品は悪者の代名詞となっている。
プラスチック業界は、日本の製造業を支える年間数十兆円の巨大産業であるが、業界の存続を危ぶむ声もある。
鉄などの金属をベースとした「金属加工業界」では、かなり以前よりプラスチック技術を注視し、金属製品がプラスチックに変わる恐怖を抱いていたが、プラごみ問題をキッカケに、『やはりプラスチックはダメだ。金属は永遠である!』とのイメージが金属加工業界に蔓延している。『金属からプラスチックへ』の話題は聞こえてこない。
ところが、2019年春先から工作機械メーカーの受注高は、連続して前年同月を割り込み、18年度と比較し40%もの受注減となっている。業界は強烈なリセッション(景気後退)に襲われており、自動車のEV化による金属業界全体の衰退危機もささやかれ、金属加工業界は決して穏やかではない。
一方で、プラスチック業界では、金属加工を脅かす「3Dプリンター」や「PLA((ポリ乳酸))革命」が進行中であり、射出成形機メーカーも将来戦略を強力に推進中である。
皆さんは『PLA』をご存じだろうか? PLA(Poly-Lactic Acid)とは、ポリ乳酸の頭文字をとった略であり、PLA樹脂と呼ばれ、およそ20年前に開発された植物由来のプラスチック素材である。
じゃがいもやトウモロコシに含まれるデンプンなどによる樹脂である。石油からつくられる従来の素材に代わる、バイオプラステックと呼ばれる自然に優しい素材である。植物由来のPLAは、地球環境に優しいプラスチックであり、3Dプリンターによる金型製造技術の進化により多品種少量生産にも対応でき、プラスチック加工の概念が大きく変わっていくだろう。
EV化に伴う「新型電池」も膨大な需要が予測されるが、絶縁性の観点から金属製品は否定されプラスチック化は必須である。自動車エンジンの後退とともに、金属加工製品からプラスチック製品への需要変化が始まっている。
パラダイムシフトとは、共通概念が破壊される時に使われる言葉であるが、今日の工作機械業界のリセッションと射出成形機業界の堅調性は、単なる景気循環サイクルではなく、大きなパラダイムシフトの序曲であるかもしれない。パラダイムシフトという発想の転換は、日本人にとって極めて不得意の領域である。
発想転換の難しさを証明するエピソードがある。30年前に、旧電電公社の幹部であったA氏との忘れられない会話である。A氏との会話の中心は、『電話の進化は、電話機にコンピュータがつくのか?コンピュータが電話機になるのか?』の議論であった。
A氏の熱弁は『電話機がいかに優れているか!』の解説であり、交換機を含めた電話網のシステムは永遠であり、『電話機にコンピュータがついて便利にはなるが、コンピュータが電話機の代わるのはあり得ない』とのことであった。
A氏の認識は当時のNTT幹部の総意であった。事実、NTTは『iモード』を開発し、ガラパゴスと呼ばれるコンピュータを搭載した機能満載の携帯電話を開発したが、世界はこれを否定した。
世界的なイノベーションはNTTの思惑とは違い、スマホが全世界で普及した。スマホの普及は従来産業(特に日本の産業)を破壊する暴力的かつ破壊的なものであった。スマホはコンピュータそのものである。
コンピュータに電話機能が搭載され、交換機など従来の電話網システムを不要にしてしまった。旧電電公社の幹部いわく、『絶対にできない事』が海の向こうで実現したのである。
スマホ(コンピュータ)は、電話機のみならず、カメラやオーディオやカーナビなどを飲み込み、従来の専門機器メーカーは不要となり、日本に存在した大メーカーを破壊し、殲滅に追いやった。発想の転換に遅れた『日本の敗北』である。
今後、破壊的イノベーションは全産業で加速するだろう。コンピュータとEVにタイヤがついた車、コンピュータとEVにアクチュエータがついた工作機械など、EV化の潮流に合わせ、従来の概念が完全に変わるパラダイムシフトが起きるだろう。
コンピュータとインターネット、そして人工知能技術が中核となる時代の到来である。20世紀に世界を席巻した日本製商品(電話通信機器・オーディオ機器・カメラ・自動車・工作機械など)の全てが、コンピュータと人工知能に飲まれていくイノベーションが世界で起きている。昭和・平成時代に活躍した日本の名門大企業が疲弊し、衰退する姿を皆が見てきた。
金属を対象とした工作機械も日本のお家芸であるが、機械のイノベーションはすでに終焉を迎えつつあり、各メーカーから発売される新機種はマイナーチェンジの範囲にとどまっている。
その半面、プラスチック加工はPLAなどの素材革命や金型製造革命を含め、大きなイノベーションも期待され、需要も極めて大きい。『金属は永遠である!』、『当社には歴史が育んだ金属加工のノウハウがある』という概念を過信していたら、大きなパラダイムシフトの潮流に飲み込まれてしまうかもしれない。
将来への変化の兆しを直視し、パラダイムシフトを自ら誘導する強い日本企業の台頭を確信し、2019年締めの提言としたい。

著者 高木俊郎
2019/12/06 製造業リセッション(景気後退)ーー『日本の中小製造業を取り巻く環境と対策』ーー
以下は 2019年11月27日のオートメーション新聞 第201号に掲載された寄稿記事です)
製造業リセッション(景気後退)
ーー 『日本の中小製造業を取り巻く環境と対策』 ーー
直近の機械受注が大幅な落ち込みを示している。驚くことに、落ち込み幅はリーマンショックに匹敵、またはそれを超える状況である。工作機械を始め、小型プレスやレーザ加工機など、大惨事といえるほどの急落に見舞われている。
今年の春先まで順風満帆であった機械業界は、いきなり暴風雨圏内に突入した。不思議なことに、業界を震撼する受注減に見舞われている各機械メーカーは、意外なほど冷静である。
その理由は、蓄積された膨大な受注残に加え、リーマンショックの時に体験した『急速な為替変動』が起きていないためである。現在の円ドル相場が比較的安定しており、現状のところ、急速な円高による輸出減や為替差損におびえる必要がないのが、リーマショック当時との違いである。
しかし世界を取り巻く環境は、世界的な本格的リセッション(景気後退)の危惧があり、決して予断を許す状況ではない。潮目が変わったと断言できる。
今回は、世界の経済状況の現状を再確認し、日本の中小製造業への影響と、今後の対応策を検討していきたい。検討に当たり、筆者が得意とする精密板金業界の現状に基づき検証を進める。
精密板金市場とは、国内市場4兆円規模の大きな産業であり、2万社の中小板金製造業が日本列島津々浦々に存在する『中小製造業・町工場』の代表的業界である。
世間的にはあまり目立たない業界であるが、自動化やデジタル化が飛躍的に進んでおり、付加価値の大きい『先端的な業界』である。従業員規模の平均値は30人程度の小規模企業の集合体であるが、なかなか魅力的な業界でもある。
精密板金業界では、薄板の鉄板を加工し、さまざまな製品が製造されている。精密板金業界の特徴は「多品種少量」と「短納期」である。配電盤や制御盤の外枠カバーは「筐体」と呼ばれ、量産のできない精密板金業界が得意とする代表的な製品である。
また、街にあふれるATM(現金自動預け入れ支払い機)や病院の医療機器(CT、MRI、人工透析機など)、駅の券売機やプラットホームのホームドアなど精密板金の製品は多岐にわたり、半導体製造装置や航空機部品から工作機械カバー、建設機械カバーなども精密板金の製品である。
あらゆる業界に入り込んでいる精密板金業界の景気動向分析から、いま日本で起きている不況業種を知ることができる。
不況に突入したのは、「工作機械」「建設機械」「半導体製造装置」であり、集中豪雨のごとくこの3業種に不況の波が押し寄せている。
世界に目を転じると、ドイツ経済は土砂降り、欧州全体も低調、中国・韓国は悲惨、アジア各国も下降と、海外の経済環境は非常に良くない。
最高の景気を継続しているのは米国のみである。この米国で、11月中旬にシカゴ展示会と呼ばれるFabtec2019(精密板金向けの見本市)が開催された。筆者もFabtecの取材に出掛けたが、多くの専門家から『驚愕の情報』を得て当惑している。
この当惑ポイントは3点。
1.すべての米国の業界専門家が、来年度から始まる「米国のリセッション」を予想していること
2.ドイツ発のインダストリー4.0の失敗が明確であること
3.精密板金業界は「自動化とIoT化のみ」がイノベーションであり、機械の進歩が終焉したこと。
この驚愕情報をベースに、日本の精密板金業界の来年を予想すると、限りない不安と希望が見えてくる。
不安の要因は、世界的なリセッションが間近に迫っていることである。日本の報道機関は、オリンピック不況や消費税不況を盛んに危惧しているが、それ以上に世界規模の不況期が訪れる危惧である。
半面、希望の要因は、自動化/デジタル化による『中小製造業再起動・再成長』の芽吹きである。
日本の中小製造業の最大の課題は「人手不足」であることは明白であり、現在の需給状況が続けば、人手不足は深刻化し、外国人労働者に依存する中小製造業が続出することは火を見るより明らかである。しかし、外国人労働者に依存した製造業が消滅の道を歩む事も、欧州が証明している。
日本の中小製造業に残された選択は、「最新技術の投入による生産性向上」、すなわち自動化/デジタル化によるイノベーションである。
『災い転じて福となす』は、日本の中小製造業に与えられた2020年のキーワードとなるだろう。この数年、中小製造業を襲った『狂気の受注増』は緩和され、目先の人手不足や外国人労働者依存も小休止となり、自動化/デジタル化による生産性向上に正面から取り組む絶好のチャンスがやってくる。
ドイツ発のインダストリー4.0の失敗が危惧されるが、これも中小製造業にとっては福音である。インダストリー4.0で大手製造業の囲い込みには入らず、中小製造業が主権を持って進める「自動化/デジタル化のイノベーション」実現の時がやってきた。
次回からは、中小製造業の自動化/デジタル化を具体的に実現する『人工知能やRPA、そしてクラウド技術』など、実現可能なイノベーションを紹介する。

著者 高木俊郎
製造業リセッション(景気後退)
ーー 『日本の中小製造業を取り巻く環境と対策』 ーー
直近の機械受注が大幅な落ち込みを示している。驚くことに、落ち込み幅はリーマンショックに匹敵、またはそれを超える状況である。工作機械を始め、小型プレスやレーザ加工機など、大惨事といえるほどの急落に見舞われている。
今年の春先まで順風満帆であった機械業界は、いきなり暴風雨圏内に突入した。不思議なことに、業界を震撼する受注減に見舞われている各機械メーカーは、意外なほど冷静である。
その理由は、蓄積された膨大な受注残に加え、リーマンショックの時に体験した『急速な為替変動』が起きていないためである。現在の円ドル相場が比較的安定しており、現状のところ、急速な円高による輸出減や為替差損におびえる必要がないのが、リーマショック当時との違いである。
しかし世界を取り巻く環境は、世界的な本格的リセッション(景気後退)の危惧があり、決して予断を許す状況ではない。潮目が変わったと断言できる。
今回は、世界の経済状況の現状を再確認し、日本の中小製造業への影響と、今後の対応策を検討していきたい。検討に当たり、筆者が得意とする精密板金業界の現状に基づき検証を進める。
精密板金市場とは、国内市場4兆円規模の大きな産業であり、2万社の中小板金製造業が日本列島津々浦々に存在する『中小製造業・町工場』の代表的業界である。
世間的にはあまり目立たない業界であるが、自動化やデジタル化が飛躍的に進んでおり、付加価値の大きい『先端的な業界』である。従業員規模の平均値は30人程度の小規模企業の集合体であるが、なかなか魅力的な業界でもある。
精密板金業界では、薄板の鉄板を加工し、さまざまな製品が製造されている。精密板金業界の特徴は「多品種少量」と「短納期」である。配電盤や制御盤の外枠カバーは「筐体」と呼ばれ、量産のできない精密板金業界が得意とする代表的な製品である。
また、街にあふれるATM(現金自動預け入れ支払い機)や病院の医療機器(CT、MRI、人工透析機など)、駅の券売機やプラットホームのホームドアなど精密板金の製品は多岐にわたり、半導体製造装置や航空機部品から工作機械カバー、建設機械カバーなども精密板金の製品である。
あらゆる業界に入り込んでいる精密板金業界の景気動向分析から、いま日本で起きている不況業種を知ることができる。
不況に突入したのは、「工作機械」「建設機械」「半導体製造装置」であり、集中豪雨のごとくこの3業種に不況の波が押し寄せている。
世界に目を転じると、ドイツ経済は土砂降り、欧州全体も低調、中国・韓国は悲惨、アジア各国も下降と、海外の経済環境は非常に良くない。
最高の景気を継続しているのは米国のみである。この米国で、11月中旬にシカゴ展示会と呼ばれるFabtec2019(精密板金向けの見本市)が開催された。筆者もFabtecの取材に出掛けたが、多くの専門家から『驚愕の情報』を得て当惑している。
この当惑ポイントは3点。
1.すべての米国の業界専門家が、来年度から始まる「米国のリセッション」を予想していること
2.ドイツ発のインダストリー4.0の失敗が明確であること
3.精密板金業界は「自動化とIoT化のみ」がイノベーションであり、機械の進歩が終焉したこと。
この驚愕情報をベースに、日本の精密板金業界の来年を予想すると、限りない不安と希望が見えてくる。
不安の要因は、世界的なリセッションが間近に迫っていることである。日本の報道機関は、オリンピック不況や消費税不況を盛んに危惧しているが、それ以上に世界規模の不況期が訪れる危惧である。
半面、希望の要因は、自動化/デジタル化による『中小製造業再起動・再成長』の芽吹きである。
日本の中小製造業の最大の課題は「人手不足」であることは明白であり、現在の需給状況が続けば、人手不足は深刻化し、外国人労働者に依存する中小製造業が続出することは火を見るより明らかである。しかし、外国人労働者に依存した製造業が消滅の道を歩む事も、欧州が証明している。
日本の中小製造業に残された選択は、「最新技術の投入による生産性向上」、すなわち自動化/デジタル化によるイノベーションである。
『災い転じて福となす』は、日本の中小製造業に与えられた2020年のキーワードとなるだろう。この数年、中小製造業を襲った『狂気の受注増』は緩和され、目先の人手不足や外国人労働者依存も小休止となり、自動化/デジタル化による生産性向上に正面から取り組む絶好のチャンスがやってくる。
ドイツ発のインダストリー4.0の失敗が危惧されるが、これも中小製造業にとっては福音である。インダストリー4.0で大手製造業の囲い込みには入らず、中小製造業が主権を持って進める「自動化/デジタル化のイノベーション」実現の時がやってきた。
次回からは、中小製造業の自動化/デジタル化を具体的に実現する『人工知能やRPA、そしてクラウド技術』など、実現可能なイノベーションを紹介する。

著者 高木俊郎
2019/11/08 MMT(現代貨幣理論)と日本経済ーー『深刻なEU(欧州連合)のリセッション』ーー,
以下は 2019年10月30日のオートメーション新聞 第198号に掲載された寄稿記事です)
MMT(現代貨幣理論)と日本経済
ーー 『深刻なEU(欧州連合)のリセッション』 ーー
賛否両論の議論を押し切って、消費税増税が実施されたが、軽減税率やポイント還元など、制度が複雑ですこぶる評判が悪い。
今年7月、MMT(現代貨幣理論)提唱者のステファニー・ケルトン ニューヨーク州立大学教授が来日し、 MMTに関する講演を行った。これをキッカケに、『消費税増税は間違っている』『国債発行残高は借金ではない』『国民は騙されている』との主張が飛び交い、大きな反響を読んでいる。
今日までテレビなどで盛んに語られた『日本は借金大国。消費税を上げないと借金で大変なことになる』といった、『消費税増税、必要論』の話を真っ向から否定する主張である。
確かにテレビで『日本は借金で大変だ!』と言われても、違和感を覚える人も多かった。事実、日本は海外債権が多く、世界一の金持ち国家である。国の財政収支の上で『歳出が歳入を上回り財政赤字となり、国債の発行残高が増え続けている』のが実態であり、借金とは違う。
ステファニー・ケルトン教授が主張するMMTとは、「Modern Monetary Theory」の略で、教授の解説によれば『日本や米国のように、自国通貨を発行する政府は自由に貨幣供給をしても問題ない』とのことである。
つまり『日本の財政赤字も赤字国債も全く問題ではない。緊縮財政も不要。消費増税も不要で、いくらでも赤字国債を発行できハイパーインフレは起きない』という夢のような論理であり、『もっと国債を発行して需要を掘り起こせば、日本はもっともっと豊かになる。
供給限界まで国債は発行でき、日本はそれができる最良の国である』と説き、世界中で話題となっている。
半面、日本政府は財政安定化を目指しており、プライマリーバランス(国の財政収支での歳入と歳出のバランス)を重要視しているため、MMTとは真っ向から対立する。特に主流派経済学者の多くはMMTに否定的であり、『日本政府もMMTを肯定していない』と言われている。
しかし、プライマリーバランスを重要視するあまり、緊縮財政を継続し、増税を強いる政策を続ければ、日本経済は完全に頓挫することは明らかである。また、緊縮財政は日本の安全保障に重大な懸念をもたらしている。
防衛面では、米国依存に限界があり、自国防衛の必然性が増している。また、台風19号による日本列島の随所に発生した大惨事から、改めて災害予防の必然性を思い知らされた。水害・風雨・地震などへの将来への備えのためにも国土強靭化は重要課題であり、好むと好まざるとに関わらず、大型の建設国債を発行し国土強靭化に大至急取り掛かる必要がある。
一方で、今日まで極めて順調であった日本経済は民間需要が減少し、リセッション(景気後退)の危険信号が点滅している。工作機械受注は、リーマンショック並みの落ち込みである。
消費増税の影響やオリンピック不況などの危惧もあるが、世界経済のリセッションも深刻である。米中貿易戦争による中国や韓国の悪い状況は、各紙の報道の通りであるが、EU(欧州連合)の悲劇についてはあまり報道されていない。
EU加盟国は自国の主権を持てない国家の集合体である。日本や米国のように自国通貨を持たず、国債の発行も自国ではできず、MMTの論理も通用しない不自由な国の連合体である。かつては、グローバル化の理想的な姿としてもてはやされたEUは、もはや満身創痍で、EU崩壊の危険もはらむ問題が山積している。
EUはこの数年災難続きである。 特にドイツ経済のリセッションは深刻であり、中国輸出の減少がリセッションに拍車をかけている。
英国のブレグジット(EU離脱)問題も、EUに大きな影を落としている。キャメロン前首相が行った国民投票は、予想や期待に反し、離脱が決まってしまった。移民問題やEU以外の貿易交渉すら自国の意思でできない事に不満を持つ『誇り高き英国国民』の声である。
英国が、ブレグジット実現への困難を乗り越え、完全な国家主権の回復を勝ち取れば、英国には明るい未来が開けるかもしれない。 しかし、ブレグジットによって最も悪い影響を受けるのはドイツである。ドイツのEU各国への影響力低下は必至であり、28カ国で構成されるEUは、各国の利害が一致せず、離脱希望国が続出する可能性を秘めており、EU崩壊の大惨事が起きるかもしれない。
EUは、グローバル化の象徴である。グローバル化の弊害がEUを直撃している。EUが崩壊する時、グローバルという言葉が終焉を迎える時であろう。
今、国際社会で起きている葛藤は、グローバル化と非グローバル化の戦いである。日本やドイツは依然としてグローバル化を死守する一方で、英国や米国は非グローバル化を進めている。
日本では、自国第一主義を否定し、トランプ大統領の米国第一主義を危険思想として批判する報道が多いが、従来施策に固守せず、日本でもグローバル主義一辺倒を見直し、日本第一主義を考えても良いのではないだろうか。
日本第一主義とは、日本津々浦々に存在する中小製造業が名実ともに国際的競争力を持ち、地元の発展に貢献する企業の創出であり、海外進出から国内シフトを強烈に推進することである。
経営資源を地元に集中し、社員やお客様、そして地域住民とともに発展する国際的中小企業こそ、 日本の発展を支える大きな原動力となるだろう。これが実現できるのは、全国津々浦々に製造インフラを保有し、名実ともに長き歴史と主権を持った国家『日本』だけである。

著者 高木俊郎
MMT(現代貨幣理論)と日本経済
ーー 『深刻なEU(欧州連合)のリセッション』 ーー
賛否両論の議論を押し切って、消費税増税が実施されたが、軽減税率やポイント還元など、制度が複雑ですこぶる評判が悪い。
今年7月、MMT(現代貨幣理論)提唱者のステファニー・ケルトン ニューヨーク州立大学教授が来日し、 MMTに関する講演を行った。これをキッカケに、『消費税増税は間違っている』『国債発行残高は借金ではない』『国民は騙されている』との主張が飛び交い、大きな反響を読んでいる。
今日までテレビなどで盛んに語られた『日本は借金大国。消費税を上げないと借金で大変なことになる』といった、『消費税増税、必要論』の話を真っ向から否定する主張である。
確かにテレビで『日本は借金で大変だ!』と言われても、違和感を覚える人も多かった。事実、日本は海外債権が多く、世界一の金持ち国家である。国の財政収支の上で『歳出が歳入を上回り財政赤字となり、国債の発行残高が増え続けている』のが実態であり、借金とは違う。
ステファニー・ケルトン教授が主張するMMTとは、「Modern Monetary Theory」の略で、教授の解説によれば『日本や米国のように、自国通貨を発行する政府は自由に貨幣供給をしても問題ない』とのことである。
つまり『日本の財政赤字も赤字国債も全く問題ではない。緊縮財政も不要。消費増税も不要で、いくらでも赤字国債を発行できハイパーインフレは起きない』という夢のような論理であり、『もっと国債を発行して需要を掘り起こせば、日本はもっともっと豊かになる。
供給限界まで国債は発行でき、日本はそれができる最良の国である』と説き、世界中で話題となっている。
半面、日本政府は財政安定化を目指しており、プライマリーバランス(国の財政収支での歳入と歳出のバランス)を重要視しているため、MMTとは真っ向から対立する。特に主流派経済学者の多くはMMTに否定的であり、『日本政府もMMTを肯定していない』と言われている。
しかし、プライマリーバランスを重要視するあまり、緊縮財政を継続し、増税を強いる政策を続ければ、日本経済は完全に頓挫することは明らかである。また、緊縮財政は日本の安全保障に重大な懸念をもたらしている。
防衛面では、米国依存に限界があり、自国防衛の必然性が増している。また、台風19号による日本列島の随所に発生した大惨事から、改めて災害予防の必然性を思い知らされた。水害・風雨・地震などへの将来への備えのためにも国土強靭化は重要課題であり、好むと好まざるとに関わらず、大型の建設国債を発行し国土強靭化に大至急取り掛かる必要がある。
一方で、今日まで極めて順調であった日本経済は民間需要が減少し、リセッション(景気後退)の危険信号が点滅している。工作機械受注は、リーマンショック並みの落ち込みである。
消費増税の影響やオリンピック不況などの危惧もあるが、世界経済のリセッションも深刻である。米中貿易戦争による中国や韓国の悪い状況は、各紙の報道の通りであるが、EU(欧州連合)の悲劇についてはあまり報道されていない。
EU加盟国は自国の主権を持てない国家の集合体である。日本や米国のように自国通貨を持たず、国債の発行も自国ではできず、MMTの論理も通用しない不自由な国の連合体である。かつては、グローバル化の理想的な姿としてもてはやされたEUは、もはや満身創痍で、EU崩壊の危険もはらむ問題が山積している。
EUはこの数年災難続きである。 特にドイツ経済のリセッションは深刻であり、中国輸出の減少がリセッションに拍車をかけている。
英国のブレグジット(EU離脱)問題も、EUに大きな影を落としている。キャメロン前首相が行った国民投票は、予想や期待に反し、離脱が決まってしまった。移民問題やEU以外の貿易交渉すら自国の意思でできない事に不満を持つ『誇り高き英国国民』の声である。
英国が、ブレグジット実現への困難を乗り越え、完全な国家主権の回復を勝ち取れば、英国には明るい未来が開けるかもしれない。 しかし、ブレグジットによって最も悪い影響を受けるのはドイツである。ドイツのEU各国への影響力低下は必至であり、28カ国で構成されるEUは、各国の利害が一致せず、離脱希望国が続出する可能性を秘めており、EU崩壊の大惨事が起きるかもしれない。
EUは、グローバル化の象徴である。グローバル化の弊害がEUを直撃している。EUが崩壊する時、グローバルという言葉が終焉を迎える時であろう。
今、国際社会で起きている葛藤は、グローバル化と非グローバル化の戦いである。日本やドイツは依然としてグローバル化を死守する一方で、英国や米国は非グローバル化を進めている。
日本では、自国第一主義を否定し、トランプ大統領の米国第一主義を危険思想として批判する報道が多いが、従来施策に固守せず、日本でもグローバル主義一辺倒を見直し、日本第一主義を考えても良いのではないだろうか。
日本第一主義とは、日本津々浦々に存在する中小製造業が名実ともに国際的競争力を持ち、地元の発展に貢献する企業の創出であり、海外進出から国内シフトを強烈に推進することである。
経営資源を地元に集中し、社員やお客様、そして地域住民とともに発展する国際的中小企業こそ、 日本の発展を支える大きな原動力となるだろう。これが実現できるのは、全国津々浦々に製造インフラを保有し、名実ともに長き歴史と主権を持った国家『日本』だけである。

著者 高木俊郎